時間

持て余しているわけではないけれど、細切れになっている気がする。なんも楽しくないから、ダラダラと生きている。

スタバでゆっくりすると集中できて、やりたいことが出てくる。結局、その状態を作り出すことが一つ重要なことだったりする。ただし、それほど頻繁に作れるわけではない。

どうすればいいのだろう?

これをずっと考えている。仕事を時間内に終わらせる。これがまずは重要。加えて場所確保することも重要。安全な場所があってはじめて集中状態になる。安全な場所を見つける、作るのは至難の技だけれど、見つける。そこで初めて得られるものがあるから。

どう生きるか

これは、考えることと実行することが伴わなければならない。なぜなら、人生は有限だからだ。何も実行せずに終わるというのが、もっともまずい。

部屋をきれいにしたいし、部屋にスタバみたいな長いテーブルを置きたい。そこでゆっくりしたいのだ。落ち着く場所が欲しいし集中できる場所が欲しい。それがあるとどうなるのか? これを考えてみるべきだと思う。集中して何をしたいのだろう。

仕事ではない。お金は稼ぎたい。文書を書いて何かを形にしてみたい。この欲求がある。だからちょっとずつ書いてみるしかない。

気づいたら夜

というのが土曜と日曜で、もっと時間が欲しい。何かの掛け違いがあるような気がする。もっとやることを理解してみようと思う。欲しい時間というのは、集中した時間のことなのだろうと思う。それをいかにつくるかを求めているのだ。やれよって話だよね。

まだ出来ない

やろうとするからだ。やらないという訳ではないけれど、表面じゃなくて気持ちにフォーカスしてみるとよい。やったらリターンを求めてしまい、それを考えすぎてしまいやらないのだ。がっかりしたくなくて。でも、別の方法探せばよい。それだけだ。

また動けなかった

仕方ないんだろうけど、時間がもったいなかったなぁ。どうすれば動けるのか。もっと動かすものがあるといいね。もっと適当というか、俗っぽくて、下世話な動機を貯めておくことがいいね。大義はいらない。もっとエネルギーが湧くものを探り当てる。言っていることは不明だけど、下世話な方がいいね。とにかくさ。

自分のために

やるのであれば気楽だ。人に対してだと緊張してしまう。結局のところ、何かを作りたいとするとき、自分のためにやるのが一番いい。余計なことが絡まなくて済むし、いいもわるいもぜんぶ自分で良い。余計なことがないのが素晴らしい。