こわい

こわい。こわいと感じる。何がこわいのかが分からない。ただ感情は沸き起こってくる。距離も取りたくなる。いいことなのかもしれない、とも言いたくはない。ただ、こわいのを克服したいのかと言えば、そうではない。こわいものはこわいから、それはそれでいい。こわいのがわるいとしてしまっても仕方のないこと。

こわいは人に対して感じること。助けてはくれない、ということ。そう感じる。

あれは特別で、特別だからなのか、助けてくれないと感じる。そのときに余計に絶望を感じる。逃げたいというより、避けたい。避けたいのは1人でドツボにハマる状況なのだけれど、引き起こすであろう人との関わりを避ける。それ自体はいい。自分をまもろうとしているだけだし。1人でドツボにはまるのであれば、ただただ大変になるだけだから。

もし、この自分が避けたいことをうまく避けられる別の方法があればアプローチというものは変わるのかもしれない。助けて、と言ってちゃんと助けて貰えたらいいけれど、そういう経験はほとんどないので、やはり身構えてしまう。自分の価値など認めてはくれないとも思う。付属するものには価値を見出してくれるかもしれない。そうすると、付属品に自分は絶対勝てないし、付属品を供給するだけの役割になる。それはもう人ではないので、気が滅入る。

時間

持て余しているわけではないけれど、細切れになっている気がする。なんも楽しくないから、ダラダラと生きている。

スタバでゆっくりすると集中できて、やりたいことが出てくる。結局、その状態を作り出すことが一つ重要なことだったりする。ただし、それほど頻繁に作れるわけではない。

どうすればいいのだろう?

これをずっと考えている。仕事を時間内に終わらせる。これがまずは重要。加えて場所確保することも重要。安全な場所があってはじめて集中状態になる。安全な場所を見つける、作るのは至難の技だけれど、見つける。そこで初めて得られるものがあるから。

どう生きるか

これは、考えることと実行することが伴わなければならない。なぜなら、人生は有限だからだ。何も実行せずに終わるというのが、もっともまずい。

部屋をきれいにしたいし、部屋にスタバみたいな長いテーブルを置きたい。そこでゆっくりしたいのだ。落ち着く場所が欲しいし集中できる場所が欲しい。それがあるとどうなるのか? これを考えてみるべきだと思う。集中して何をしたいのだろう。

仕事ではない。お金は稼ぎたい。文書を書いて何かを形にしてみたい。この欲求がある。だからちょっとずつ書いてみるしかない。

また動けなかった

仕方ないんだろうけど、時間がもったいなかったなぁ。どうすれば動けるのか。もっと動かすものがあるといいね。もっと適当というか、俗っぽくて、下世話な動機を貯めておくことがいいね。大義はいらない。もっとエネルギーが湧くものを探り当てる。言っていることは不明だけど、下世話な方がいいね。とにかくさ。